回る諭吉と愛校心 ー 慶応SFCヘボコンレポート



SFCの技術が集まる...!

技術力の低い人のためのロボットコンテスト、通称ヘボコン。いまや世界20カ国以上で開催されている、一大へっぽこムーブメントだ。ところで筆者の通う大学、慶應SFCの図書館には誰もが自由に使えるものづくり機材が設置されている。これを使ってヘボコンを開催したら、見たことのないロボットが出てくるんじゃないだろうか。


大学でヘボコンをやってみよう


3Dプリンタやレーザーカッターといったデジタル工作機械が騒がれて久しい。弊大学(慶応大学湘南藤沢キャンパス)ではいち早く図書館にそれらを取り入れ、学内の誰でも無料で利用できる「ファブスペース」という環境が作られた。

もちろん日々の学習や研究にたっぷり使われているのだが、個人的にはどんどん変なことにも使って欲しい。そんな思いから、勝手に変なものを作ったりイベントを計画したりと好き勝手に遊んできた。


ミスコン出場者にさわれるようにする

来年の卒業を控えたいま、もっと多くの人を巻き込んで何かやってみたい。そんなことを思っていた折、ヘボコンマスターの石川さんにインタビューをする機会があり、大学や企業での大会を推進したいというお話を伺った。

それならばウチの図書館でヘボコンができないだろうか?とスタッフの方に相談したところ、スルッと理解が得られ(ありがとうございます)、かくしてSFCヘボコンが開催されることとなったのである。


SFCヘボコン、波乱の幕開け


会場となる大学図書館に、8組の参加者が集まる。
また、特別審査員として石川さんにもお越しいただいた。

ヘボコンのルールは、基本的にはロボット相撲。今回は特別ルールとして、ファブスペースの機材でつくったものを一つ以上盛り込むことがロボットの条件になっている。高性能の機材をどう使い損ねているかが鑑賞のポイントですよ。

震えるだけの『ルンバ』

最初の試合に登場した『ルンバ』は、図書館をきれいにするための掃除ロボット。3Dプリントした顔面が威圧しながら、モーターの振動でタワシが無秩序に動いていく。

回るだけの『魔王』

必殺技は、小学生もビックリの「直列つなぎ」
この青いケーブルを覚えておいて欲しい

対する『魔王』は目の前に突き出た棒が延々回るロボット。相撲というルールは事前に伝えておいたはずなのだが、進もうという気概が一切感じられないのがむしろ心地よい。尚、人形の足元についているゴミみたいなものは、レーザーカッターで切り出した端材なのだが、これで出場条件を見事にかいくぐっている。

指向性を持たずただ漫然とうごく2体のロボット。ゆるやかな展開が想像された試合は、意外な結果を迎えることになった。


ぶらぶらと進んで行く2体のロボット。


『ルンバ』が『魔王』の背後にせまっていくと...


「ブチッ」


ブチッ?

うわぁーーー!

なんと、激しく回転する『ルンバ』の腕が『魔王』の青い電源ケーブルを引き抜いてしまったのだ。エヴァンゲリオンもビックリの、スプラッタな結末。ケーブルむき出しというヘボさが生んだ悲劇(ヘボ・トラジディ)といえよう。

なお、試合結果は「1分経過して決着がつかなかったら移動距離の長い方が勝ち」というルールにより『ルンバ』が勝利となった。なので実はケーブル云々はあまり関係ないのだが、それはそれで良いのである。


現実が理想に追いつかない


続いて登場したのは、ゼンマイで動くリスのおもちゃをベースにした『ラブリボンちゃん』。

ベースというかほぼそのもの

尻尾にもたれかかっているのは、3Dプリントした全身の「バリ」部分。軽量化のためにメイン部分を捨てるというこの上ない荒療治を、可愛らしいリボンでなんとかごまかそうとしている。

「爆薬」と書いてある爆薬って見たことない

女子力全開の『ラブリボンちゃん』に相対するのは、可愛さとは程遠い『湘南の火薬庫』。クラッカーの紐をモーターが引き抜くことで、相手を迎撃するという物騒なマシンだ。

会場全体が 『ラブリボンちゃん』の安否を気遣い、そして図書館でクラッカーなんて使ったらさすがに怒られるのではないだろうか?という試合内容以前の不安を感じる中、戦いの火蓋が切って落とされた。


映像でお届けします

思いがけない祭事っぽさ

マイコンでモーターを制御するのはヘボくないのでは?と思われた『湘南の火薬庫』だったが、クラッカーは爆発する気配を一切見せず、その場でゆるやかな回転を続けるだけであった。

冷静に考えてみれば、本体が固定されていない状態で紐をひっぱっても抜けるわけがないではないか。心配した気持ちを返して欲しい。スタート地点から一歩も動かなかった『湘南の火薬庫』は、ふわっとした概念だけを残して敗北していった。


諭吉は踊る、されど進まず


そしてついに、今大会を象徴するようなロボットが現れる。

『学問よすゝめ』、出陣

お札もろとも先生が回る「福翁自転」


筐体には『学問のすゝめ』の序文がみっちり

ロボットの先端に付いているのは1万円。そしてお札と一緒に回転するのは、慶応大学の創始者である福沢諭吉っぽい人だ。いや、どう見ても完全に福沢諭吉なのだが、製作者が謹慎処分を恐れて明言せずじまいであったため配慮している次第である。

ちなみに、その製作者が書いたロボットの説明文(一部)はこんな感じだ。

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義塾の技術を結集させた慶應初の啓蒙機械!
その名も「学問よすゝめ」!

まず眼前そびえしは、3Dプリンターで作った偏差値70くらいの創設者の銅像です!
その荘厳さと聡明さは、さながら動くメディアセンターであります

続けて機体のサーフェイスにレーザーカッターで刻まれしは「学問のすゝめ」序文!
嗚呼見ているだけで勉強がしたくなってくる!

そして忘れてはならない秘密兵器、「オープン・ワイロ・フォーラム」!
目の前に現れた1万円札を目の前に、相手ロボットは釘付け!

そこに銅像の高速回転で敵を薙ぎはらう必殺「福翁自転」!
相手はたまらずフィールドから脱亜論だ!

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放塾も厭わないノリノリ感


設定をこれでもかと詰め込んだ『学問よすゝめ』と戦うのは、段ボールにラジコンを入れただけの簡素極まる『甘追(あまつい)』。

内装と外装の間という概念がない

市販のラジコンを使っているので運動性能は高いのだが、段ボールによって視界が遮断されるため操作方向がわからないという致命的な弱点を抱えている。

設定の厚みとマシンパワー、そのどちらが勝利するのか。試合の様子を見てみよう。


こちらも動画でどうぞ


3、2、1...


スタート!(ビターン!)


開始と同時に後ろ向きに転倒する『学問よすゝめ』。相手を翻弄するはずの一万円札が虚しく空をかき回す。机上の空論とはまさにこのことである。


四つ折りガムテープで一万円を止めているのがミソ

その後、『甘追』がフラフラと迷走しながらも相手を追いやり、時間切れで勝利を収めた。パイロットが終始「どこにいるのかわからない」と言いながらの展開であったことに、全体のレベルの低さがうかがえる一戦だった。


受け継がれる意思


今回のヘボコンでは、急造マシンが出てくることを見越してピットブース(養生テープとガムテープ)を用意しておいた。そのせいもあってか、敗北したロボットのパーツは次々と別のロボットに吸収されていった。

卒論への怒りを乗せた『湘南銀蠅』を...

これといった思いは乗っていない『とりにく号』が倒すと...

こうなる。ファンタスティック!

たとえば『湘南銀蠅』は光ることにエネルギーを費やした結果パワーが弱まり『とりにく号』に敗北してしまったのだが、その想いと光はクリスマスっぽさとなって吸収された。


おこぼれでもらった「卒論上等」の先には...


学校の創始者が立ちはだかる。
きっとカリキュラムへの不満みたいなストーリーがあるのだろう。


直接試合を交えていないロボット間でもパーツの贈答は行われ、思いがけず学校の体制にケンカを売るようなシーンが生まれてしまった。学生と一緒に図書館スタッフの人たちもめちゃくちゃ笑っていたけど、いろいろ大丈夫なのだろうか。


ごちゃごちゃ決勝戦


最終的にトーナメントの決勝に残ったのは、『ルンバ』と『甘追』の2台。それぞれが他のロボットから適当にパーツを受け取っているため、マシンのコンセプトは見るも無残に崩壊している。

やかましさが伝わるだろうか

そして実は『ルンバ』は主催者である僕が操作するロボットなので、この試合に勝つと「自分が開いた大会で優勝する」というとてもイタい結果になってしまう。マジで負けたい...!という未だかつて味わったことのない感情を抱えて準備に取り組む。

なお、ロボットはそれぞれ『クリスマスルンバ』『一年生同盟号』に名前を変えている。同級生の友情を持ち出して良い話っぽくまとめようとしている『一年生同盟号』だが、しれっと三年生のパーツが加わっているし、なんなら僕だって一年生からパーツをもらっている。なにもかもツギハギだらけの、ごちゃごちゃした決勝戦が始まった。

司会「なんでみんな戦わないんだ?」

バトルっぽくなった場面

互いが関与しないサドンデス

お互い動きを制御できない2台にとって、試合はどちらが先に自爆するかの勝負。決勝戦らしくぶつかりあう場面もあったが、最終的には『クリスマスルンバ』が一歩早く場外に抜け出し、『一年生同盟号』が優勝を収めることとなった。めちゃくちゃ安心した。


またやりましょう



戦いを終えたロボットには、総体としてのゴミ感が漂う

トーナメントが無事に終了すると、最もヘボかったロボットを決めるための会場投票が行われ、そのまま閉会式に流れ込んだ。それぞれ受賞したマシンは以下の通り。

優勝:『一年生同盟号』
審査員特別賞(石川大樹さん):『学問よすゝめ』
モストヘボ賞:『湘南の火薬庫』

「マシンに慶応をこれほど絡めてくるとは思わなかった。全体的に信仰心の強さを感じた」と語る石川さんが選んだのは、『学問よすゝめ』。ヘボコンの醍醐味である「設定で持ってく」強さ、そして金のかかり具合が評価された形だ。

設定の塊

そして、最も多くの投票を集めて「モストヘボ賞」に認定されたのは、むなしいクラッカー使いを見せた『湘南の火薬庫』。高い技術に挑んで失敗している儚さと「できもしないのに調子乗んな」的な感情を集めた結果だろう。

モストヘボ賞へのプレゼントは、図書館の事務長トルソー。
要らないとは言えないし言わせない。

こうしてSFCヘボコンは幕を閉じた。想像よりも参加者の技術が低く、SFCの器の広さをビンビンと感じることができてよかった。ぜひまたやりましょう!

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